上善は水のごとし

「上善は水のごとし」という説教を作って昨日の祈祷会で話しました。私は聖書と老荘思想との相性が非常に良いと感じています。

 

(以下、説教の締めくくり部分より)
 キリスト教は欧米の宣教師によって日本にもたらされましたから、日本のキリスト教には西洋風の味付けがされています。しかし老荘思想との相性の良さを見るなら、キリスト教はアジアで生まれたものだと改めて感じます。
 明治の日本では武家で育ったクリスチャンたちが儒教とキリスト教との間に共通点を見出す傾向があったと思います。しかし私は堅苦しさがある儒教よりも心の自由を追求する老荘思想の方が、キリスト教との相性が遥かに良いと考えます。スケールの大きさ、逆説的なものの見方、作為を排して無為であることを善とする点、永遠の中での心の自由を尊ぶ点などにおいて相性は抜群です。心の自由は聖霊を受けることで獲得できます。
 いま東アジアは、北朝鮮の核兵器の開発を巡って、緊張状態の中にあります。北朝鮮は「上善は水のごとし」とは逆行する方向の動きを強めていますから、緊張はどんどん高まっています。各国は、最高の善は低い方へ流れる水を模範として争わないことであると説いた老子と、聖霊に導かれて神に委ねた生活をすることを説いた聖書を生んだ東洋の心の初心に帰り、東アジアの緊張を和らげてほしいと思います。

 

「上善は水のごとし」
【マタイ6:25〜28】

http://blog.goo.ne.jp/numazu-c/e/9181fa5de45a7f395c441f1a82fcd11a

 

 


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